土橋安騎夫
Akio Dobashi
ソロアルバム『SENRITSU』
CD化の経緯を語る
2年前にデジタルリリースしたソロアルバム『SENRITSU』へ、新たに2曲を追加し9月19日にCD化した経緯を語ってもらった
Talk #01
アナログシンセ縛りという新鮮な気持ちで作った
『SENRITSU』を形に残したかった
2年前にデジタルリリースされたソロアルバム『SENRITSU』が、新たに2曲を追加して9月19日にCD化されました。まずは、『SENRITSU』をCDリリースした経緯から教えてください。
土橋
当初はデジタル配信のみでリリースしたんですが、いろんな人から「アルバム出したんですね」と言われて、「はい、○○ミュージックで聴いていただけると」って答えるのが、何だか切なく感じてしまって。(笑)僕らミュージシャンにとって、CDって名刺代わりじゃないですか。もちろん、若い人だとCDプレーヤーを持っていなかったり、CD自体どうやって聞くの?みたいな感じだと思うのですが、僕らの世代は、今でもスピーカーを鳴らしてCDを聴くという人はたくさんいて。ですから、やっぱりCDという形にして残したいなと思っていたんです。それで、シリーズ2枚目の『SENRITSU TWO』は、最初からCDとデジタル配信の両方でリリースして。その時に、やっぱりCDにしてよかったなって思ったんですね。
もう1曲は、土橋さん作曲のレベッカの名曲「フレンズ」のリアレンジ版で。これは、2019年の宇都宮隆さんソロ・ツアー時に、土橋さんのソロ曲として演奏された音源の、スタジオ録音版だそうですね。
土橋
そうなんです。去年の宇都宮さんのツアーでは、僕と大介くん(浅倉大介/access)、nishi-kenくん、それにギタリストの北島健二(FENCE OF DEFENSE)さんといった変則的なバンド編成で、キーボードが3人いたんですよ。それで宇都宮さんから、「3人それぞれ、自分の代表曲でソロをやって欲しい」と言われて。じゃあ僕なら「フレンズ」かなということで、ライブ用に今の時代にあったアレンジで作りました。しかも今年って、「フレンズ」のリリース35周年なんですよ。そういうタイミングもあって、ライブ用に作った音源をスタジオで整理し直し収録しました。ですから、「フレンズ」に関しては曲の成り立ちがまったく違っていて、デジタル使いまくりで(笑)。そういうこともあって、これは完全にボーナストラックということで収録しました。
そうなんですね。でも「フレンズ」も、アナログシンセ縛りで作った他の曲と、何ら違和感なく楽しめました。
土橋
同じ人間が作っているわけだから、デジタルシンセを使ったとしても、アナログに近いものになるんだと思います。
Talk #02
ソロワークでは、自分でしか作れない音を使って
“クリエイター脳”で音楽を作っていく
土橋さんはメロディメーカーでありつつ、単に音程の上がり下がりを生み出すだけでなく、そのメロディを彩る音色までもトータル的に描きながら楽曲を作っている点が、他の作曲家と大きく一線を画しているポイントのように思うのですが、その点をご自身はどのようにお感じですか?
土橋
シンセにコーティングされたメロディで作品を作るということは、僕のひとつの側面だと思っていて。それは、サウンドトラックを作る時も同じで、10月2日に公開される劇場版アニメ『WAVE!!~サーフィンやっぺ!!~』のサウンドトラックも、全部音程楽器はシンセで作ったんですよ。それは最初から決めていたことで、自分の中では、このサウンドトラックもひとつの『SENRITSU』かなって思っているところもあるんです。だた厳密にいえば、サウンドドラックの場合って、メロディというよりはシンセで音色を構築していく部分があるので、僕のそういった一面と、メロディメーカーとしての一面、それが合体したのが『SENRITSU』シリーズなんだと思っています。
土橋さんは、メロディを考える時点で、シンセの音色だとかのサウンド感までイメージしているのですか?
土橋
『SENRITSU』は、完全にそこを考えながら作っていきました。このメロディに対して、バッキングにどんなシンセのシーケンサーが流れるといいだろうかとか、逆にバッキングが動かないとどう聴こえるかといった発想で曲を作っていったんです。原曲はもっとポップだったけど、シンセで音をどんどん重ねていくうちに、まったく違うコード展開になった曲もありましたし。ですから、バンド曲のメロディを作る場合とは、自然と違うアプローチになっていると思います。
すると、バンドであったり、他のプロジェクトとソロ作品とでは、例えば同じシンセを使ったとしても、鳴らしたい音色は変わってくるのですか?
土橋
変わりますよね。ソロって、すべてをシンセで作りたい、他の楽器は一切いらないっていう、完璧にエゴの世界ですから。でも一方で、例えばTenpack riverside R&R bandでは、思い切りバンドでやっていて、それはまったく違うアプローチになりますよね。
今、「ソロはエゴの世界」とおっしゃいましたが、一人でソロワークを行う時は、100%クリエイター脳で作っていくのでしょうか? それとも、どこか俯瞰で作品を見るプロデューサー脳も使っているのでしょうか?
土橋
クリエイター脳で作ってると思います。クリエイターに憧れる部分もありますし、それに今って、例えばYouTubeに自分の作品をアップしている若いアーティストたちって、すべてを一人でこなしている場合が多いじゃないですか。それがクリエイターだと思うし、そういう若いアーティストからすれば、「プロデューサーって一体何をする人なの?お金出す人?」っていう感覚だと思うんですよ。むしろ、俯瞰的にアーティストを見てプロデュースするとか、もう古いっていうか、ダサいくらいに感じているんじゃないのかな?
なるほど。
土橋
実際に僕もソロアルバムに関しては、自分しか弾けない楽器を使って、自分でしか作れない音で作っていくわけで、そうすると自然とクリエイター脳で作ることになりますよね。ここまでがアーティストとしての作業で、ここからプロデューサーという境界線もないですし。そういう意味だと、バンドの一員として曲を作っている時の方が、もしかしたらプロデューサー的な感覚を持っているのかもしれません。それは、自分一人ではないから。でもソロワークに関しては、すべてをごっちゃにして、一人のクリエイターとして音楽を作っているという感覚ですね。
Talk #03
自分の中にある“ローランドたる音”、
それは絶対に崩れない自分のフェイバリット
アナログシンセ縛りで2年前に『SENRITSU』、そして昨年『SENRITSU TWO』にリリースされましたが、改めて今、どんな点にアナログシンセの可能性を感じていますか?
土橋
デジタル音源って、言ってみれば、アナログの基本波形とは違うものを進化させて生み出したものじゃないですか。FM音源も、PCM音源も。それって、一見すると無限に音があるような気もするんですけど、でも、例えばデジタルシンセで「鐘の音」を鳴らせば、どんな音色でも、聴いた人はみんな「鐘だ」と思うわけです。個々の音色はちょっとずつ質感が違うけど、金属音という意味では、すべて「鐘」というひとつの音なわけで。そう考えると、むしろ究極的に無限の可能性を持っているのはアナログシンセの方なんじゃないかって思うんでよ。しかも、ツマミとかスライダーっていう人間臭いコントローラーで音を作ることが、実は一番の可能性を秘めているんじゃないかと、だんだんそういう気がしてきているんです。反対にソフトシンセを使うと、どうしても音が似通ってきてしまう。そもそも、プリセット音色って素晴らしくよく出来ているけど、EQをオフにしたり、エフェクトを外していくと、根本はサイン波的な薄っぺらい音だったりするじゃないですか。
確かに、エフェクトありきで音色が作られている面はありますよね。
土橋
そうではなく、アナログの何ってことない“ポワーッ”っていうパッドサウンドから、「この音をどう加工していこうか?」と考えていく方が、より面白い音が作れるんじゃないかって、僕はそう思うんですよ。あるいは反対に、丸裸の音をそのまま使った方がカッコよかったり。そうしたことって、ソフトシンセを触っているだけだと、なかなか気が付きにくいんですよ。アナログシンセの、いってみれば過酷な条件で音を作っていく方が可能性を感じるし、そういう音の中で自分のメロディが鳴っていたらと考えると、断然、アナログシンセの方が面白く思えてくるんです。その感覚は、『SENRITSU』を作り始めた時から感じていましたし、そこは今でも変わりませんね。
つまりアナログシンセの方が、より使い手の個性が出やすいとも言えるのでしょうか?
土橋
そうだと思います。結局、人それぞれの音というか、音作りの癖がありますから。これは余談ですけど、去年と一昨年に、宇都宮さんのツアーで、大介くん、nishi-kenくんと一緒にやった時に、みんなそれぞれの音があるんだなって感じたんです。一般的には、ひと括りに「キーボーディスト」「シンセサイザー奏者」と呼ばれるけど、こういう時にこういう音を使うんだっていうことが分かって。そういった人それぞれの個性って、長い時間一緒にやらないとなかなか分からないものですから、楽しかったですね。その個性が音楽にも反映されると、より面白いものが作れるんだと思います。
そう考えると、シンセにしても、どの楽器を選ぶのかという時点で、既に個性が出てくるのかもしれませんね。
土橋
選ぶ段階で個性は出るでしょうね。僕に関して言えば、ローランドたる音というものが自分の中にあって、それは絶対に崩れない、自分のフェイバリットだったりすると思うので。
その“ローランドたる音”というのは、最新モデルのFANTOMやJUPITER-Xmにも感じますか?
土橋
必ず受け継がれていると思うし、絶対に変わらないものだと思います。どれだけ新しいシンセが出ても、ローランドは、ローランドの音がするというか。
土橋さんにとって、ローランド・シンセの音とは、どういう音なのでしょうか?
土橋
言葉で表現するのは難しいですけど……VCOが擦れる音というか……そういう感覚が僕にはあるんです。埋もれない音というか。あと、やっぱりD-50を象徴するパッチ「Fantasia」の音や、パッドサウンドかな。JUNO-106のパッドだとか、あれは絶対に他のメーカーでは出せないものです。そこは、現代のFAシリーズであろうが、FANTOMであろうが、変わっていないと思います。
Talk #04
JUPITER-Xmはアナログ感覚で音が作れ、
しかもPCM音源も混ぜた新しい音作りができる
土橋さんは、アナログシンセ縛りで作った『SENRITSU』の楽曲をライブで演奏する際、JUPITER-XmやFANTOM、MC-707などを活用してプレイされていますが、それぞれのモデルをどのように使い分けているのでしょうか?
土橋
まず僕の中でFATNOMは、いわゆるワークステーション系のどんな音でも鳴らせるシンセという認識で、以前に愛用していたワークステーションFA-07を受け継いだ使い方をしています。FANTOMは、すごく使いやすいですよ。一方でJUPITER-Xmは、アナログ感覚で音色を作っていけるということと、さらにPCM音源も鳴らせるという魅力があって、しかもその部分がよく整理された作りをしている点がとても気に入っています。ですから、細かく音作りをしていって、これ1台だけでJUPITER-8のようなアナログサウンドを鳴らすこともできるし、PCM的な音も混ぜて新しい音色を作ることができる。そこがいいですね。SYSTEM-8ともまったくキャラクターが違うから、2台を一緒に使ってもいいですし。
YouTube、Instagramでのライブ配信では、MC-707も活用されていますが、これはどのような使い方を?
土橋
シーケンサー的に使っています。ライブ配信で面白いことができないかなって考えた時に、ローランド・ブティークSE-02やTB-03などをMC-707とシンクさせて、自分の曲にそれらの音をプラスしていこうと思い付いたんです。だからまず、曲のキーに合わせて、TB-03などの単体でカッコいいアルペジオを生み出しておいて、それをいつでも音が鳴らせるようにセッティングしておいて、MC-707とMIDIシンクで走らせるんです。MC-707の方では、曲ごとにシーンを分けておいて。僕は即興的なDJプレイも好きなんだけど、それとは違う、既成の自分の曲を変化させるやり方も面白いかなと思ったんです。
DJ的なパフォーマンスでも、まずメロディ、つまり“SENRITSU”がしっかりとあって、そこをシンセで広げていくようなアプローチをされているわけですね。
土橋
しかもそれを、リアルタイムでどう面白く見せていくかということを考えて。そのためにも、ただ既成曲の2ミックス音源に音を足していくだけじゃつまんないですから、「ここにTB-03の音を入れたいから、音源のベースはミュートしておいて」といったように、仕込みの段階でオリジナルのトラックも整理しておいて。あと、曲のエンディングはMC-707で鳴らした方がカッコいいなって考えたりして、要は、ライブ感を出す工夫をしています。でもそうしたことって、僕はコロナ禍以前に、クラブ・青山ZEROでソロライブをやっていたんですよ。自分でもいい音を専用モニターで聴きながら。(笑)
定期的に開催されているDJイベント《Area Deep》ですね。
土橋
ZEROでのライブ・システムって、シンセがあって、自分用のスピーカーがあって、すべての音をラインアウトでPAから鳴らしてというもので、それってよく考えたら、自分のスタジオからそのまま配信できるなって気が付いたんですよ。それで、YouTube、Instagramでのライブ配信では、DJセットをすべてシンセに変えて。やっぱりね、シンセに囲まれるだけで、自分としては楽しくてしかたないわけです(笑)。しかも、ちゃんとオーディオインターフェースを使ってエンコーダーで配信すれば、音もいいですから。
Talk #05
僕らの世代とはまったく違う感覚を持つ
若い世代が生み出す新しい音楽に期待している
ここまでお話しを伺っていると、コロナ禍は突然やってきたわけですが、ZEROでのソロライブや、アナログシンセ縛りで作った『SENRITSU』シリーズ、そしてライブ配信など、急に何かを始めたわけではなく、すべての活動がつながっているんですね。
土橋
ソロ活動に関してはそうですね。今回のCDリリースも、コロナ禍以前に決めていたことですし。ただ、例えばTenpack riverside R&R bandの活動に関しては、例年やっていた夏のツアーも中止になってしまったり、”Area Deep”も3月以降開催していません。……そこはコロナで大きく変わりました。ただね、こういう状況になっても、若い世代を見ているとそれはそれで面白いことをやっているんですよ。何人かでリモート録音したものをミックスして、YouTubeに動画をアップしたり。そもそもコロナに関わらず、最近の若い人たちって、自分で曲を作って、歌って、動画配信してということをみんなやっていますよね。しかも、個性的で、才能ある人がたくさんいて。だから僕は結構、若い人たちには期待しているんです。そういう若い人たちって、もうスタジオで録ってどうこうのではなく、みんなクリエイター意識で、すべて自分でやっていて、そこで生まれる面白さが、これからもっと広がっていくように感じています。
感覚的に音楽を作っていけるツールも増えましたが、より音楽を突き詰めていこうとした時に、やはり基礎的なものが必要になってくるのでしょうか? それとも、感覚こそが大事だとお考えでしょうか?
土橋
「基礎が大事」っていうその考え方自体が、もう違う気がします。「じゃあ、基礎って何なの?」って若い人に聞かれたら、言葉に詰まったりもするわけで。ピアノをバイエルから始めるとか、そういうことではないですから。だからこれからは、基礎だとか、その人のバックボーンとかって、ある意味どんどん関係なくなってくると思うんです。僕らの時代って、基礎を勉強せざるを得なかったわけです。だって僕が音楽を始めた頃には、テープに録音したり、コンピューターで音楽を作る方法なんてありませんでしたから。だから、その手法が出てきた時に、移行しなければいけなかった。でも今の若い人たちは、もうそれが最初から存在しているわけで、波形で音を考えているんだから、僕らと感覚が違うんですよ。
考えてみれば、今や中高生もみんな当たり前にDAWで音楽を作ってますが、ほとんどの人はMIDIが何かって知らずにDAWを使っていますよね。結果的には、MIDIを大いに駆使していたとしても。
土橋
そう! そういうことなんですよ。きっと若い人の中には、MIDIなんて言葉自体を知らない人もいると思いますよ(笑)。生まれた時から、キーボードをパソコンとつなげば音が鳴るようになっているから、MIDIで音源を鳴らすっていう感覚自体がない。きっと「パソコンにUSBをつないで鳴らす」という感覚ですよ。MIDIケーブルでOUTとINをつないで、「この機材、MIDI THRUがないじゃ〜ん!」って文句を言ってたのって僕らの世代までで、そんな事を今の若い人に話しても「は?」ってなるのは当たり前で(笑)。
昔は、機材を使いこなせるだけで人と違ったことができましたが、今は誰もが感覚的に音楽ツールを使えるようになった分、「どれだけ面白い使い方ができるか」が、とても重要になってきそうですね。
土橋
そう思います。だからこそ、若い人たちがどんな新しい音楽を作り出すのか、すごく楽しみなんです。先ほども話ましたが、僕らの世代は、機材の使い方とか、曲を作る前に覚えなきゃいけないことがたくさんありました。でも今って、そうしたことが最初から満たされた状況で曲を作り始められるから、僕らとは違った部分にエネルギーをつぎ込めるわけです。それに今の機材って、取扱説明書がないでしょ? 感覚で触ればだいたい使えちゃうし、分からないことがあれば、全部YouTubeの動画が教えてくれる。僕らが身に付けてきた知識は、もう知る必要がないくらい当たり前のことになっていて、その分、僕らにはないとんでもない量の知識を持っているわけですよ。そんな若い人たちが何を作り出すのか、それは楽しみですよね。
そうした時代に、どんなシンセが登場して欲しいとお考えですか? シンセ・メーカーに対する期待を、最後に教えてください。
土橋
ひと昔前だったら、アナログがどうのこうのっていうこともあったけど、今は、どうだろうな。Roland Cloudというのも、ひとつの新しい方向性だと思うし。ただ、やっぱり魅力的なハードシンセは作り続けて欲しいと思っています。そういうモノ作りは残して欲しいし、「もうハードシンセは必要ないんですよ」って、そこまで無くしてしまうと、それは楽器としてシンセがつまらないものになってしまうと思うから。ギターやベースって、そういう楽器は永遠に残っていくと思うんですよ。だからシンセも、新しいものをどんどん作っていって欲しいし、魅力的な、感覚に訴えるようなシンセを生み出し続けて欲しいと思っています。
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AKIO DOBASHI 5th Solo Album「SENRITSU」(2020 edition)